酒王 in 九州~その2 八鹿酒蔵に「水と、命と、酒」をみる

2009年7月21日火曜日 22:12

 湯布院へ向かう途中、かねてから気になっていた大分県玖珠郡九重町の八鹿酒造へお邪魔することが出来た。八鹿酒蔵はカランド(イタリア語の音楽用語、和らいでいく、の意)というシリーズ名の付いた四種類のリキュールを発売している。これを知人の女性たちに試飲してもらったところ評判が良かった。それ故、モダンな酒蔵のイメージを持っていたら、なんと、創業が江戸末期。予想に反し、ずいぶん古風な佇まいの酒蔵だ。

 

DSC_0152.jpg 訪れた日は、九重町のイベントと重なり、蔵人たちも参加のために出払っていた。だが、カランド・シリーズの開発者で、広報も兼ねるキュートな女性・井上かおりさんに案内していただけたのは幸い。酒造りの伝統の重みと、チャレンジ精神を再認識させられた。蔵元の"八鹿"の屋号は、きっとこの地方の民話に由来するのだろうと想像していたが、これもハズレ。三代目麻生観八と、杜氏の仲摩鹿太郎の名から採ったものだった。この屋号から奈良酒のどっしりした古風な味わいを思い描いていたら、これまた見事な見当外れ。蔵の清酒は、そうじて淡麗辛口。口当たりの良い飲みやすさがウリだ。 

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 そもそも、九州の気候を亜熱帯に近いなどと一くくりにする先入観が、邪魔をする。この地方は、冬場マイナス8~10度にまで下がるという。蔵のパンフレットの写真には、雪化粧をした九重町の名瀑・龍門の滝が載っている。そう言えば、八鹿の屋号とともに売り出した清酒の銘柄が「龍門」だ。明治18年、この銘柄でデビューした。三代目観八の酒造哲学の一端が、蔵に掲げられた大きな板額の書から見て取れる。すでに掠れた観八の自筆「自他修養、正直、親切、平和」とある。さらに、仕込み蔵への入り口には、大きく「笑門」と書かれた板額があった。『この門を潜るときには笑って入りなさい。酒を造るのは酵母であり、生きものである。その生きものに慈しみ深い、平和でおだやかな心で接する人間でなければ、旨い酒はつくれない』の意味が「笑門」にこめられている。その教えは実践され、蔵人たちが門の下で笑い、雑念を払ってから酒造りに取り組んだのだ。いやはや、感心させられるエピソードです。


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 実際、電子レンズを覗かなければ酵母の生態をつぶさに観察する事など出来ない。かつての蔵人は、心の顕微鏡を備えていた。酒造りは、まさに見えない酵母との対話・コミュニケーションが命なんですね。この蔵にも、我が主題『水と、命と、酒と』があったぞと、ひとり悦に入ってしまいました。蔵は、地域の治水事業のために、財をなげうって貢献した事実がある。洪水被害に苦しんだ里人から、多大な信頼を受けたのもうなづける。


 蔵の商品に、大分麦焼酎「銀座のすずめ」がある。薄暗い貯蔵庫に三段重ねで並ぶオーク(樫)樽は、米・ケンタッキー州のバーボンメーカーから取り寄せた再利用ものだ。この樽で熟成させた原酒から、「銀座のすずめ琥珀」(25度)が作られ、以前から飲み仲間にファンもいた。シリーズの新銘柄「銀座のすずめガスライト」は、銀座のガス灯をイメージしたベネチアンブルーのオリジナル・デザインのボトルが洒落ている。アルコール度数35度とくれば、やはりオンザロックでやりたい。

なんとも温故知新のドラマ尽くしの八鹿酒造ではありました。