紅菊水

2009年4月30日木曜日 20:20

 葉桜と柔らかい黄緑が里山を覆う季節。東京の奥座敷・高尾山や京王線の聖蹟桜ヶ丘周辺の多摩丘陵も、鶯をはじめ小鳥たちの吹奏の音が反響し合っている。都心の緑地に比べ、天敵となるカラスや大型の猛禽が少ない所為か、ちょっとした小鳥たちのサンクチュアリの様相だ。良く整備された散策コースもあり、昨夜の酔い覚ましには打って付けの環境なのです。


 新宿ゴールデン街で男四人の飲み会を終え、深夜バスからタクシーへと乗り継いで多摩の仕事場に戻った。そして、しばし仮眠の後、例によって新緑が舞台の囀り(さえずり)コンサートを楽しもうと早朝散歩に出た。20分足らず歩くと丘陵の頂に着く。我一人、ささやかな緑の小宇宙に同化できたのも束の間。何故か作業服のオジサンが脇を駆け抜けていった。おかげで囀りも中断する。仕方なくポケットの携帯を取り出せば、なにやら着信メール・サインの青ランプが点滅。見ると「昨夜は久しぶりの深酔い、終電で二駅乗り越しました......。"太平ボーイズ"の飲み会、またやりましょう。敷島」とあって、相撲部屋のぶつかり稽古の写真メールが添付されていた。


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"太平ボーイズ"とは、東京スカパラダイス・オーケストラの川上つよし、音楽プロデューサーの須永辰緒、敷島こと小野川親方と、僕のメンバーで始めた飲み会だ。昨夜の男四人の飲み会がソレです。やっぱり良い酒飲みは、良い朝を迎えるもの。アッパレ、ドスコイですね。


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 この散策コースにある梅が小さな青い実をつけていた。少年期を過ごした郷里では、青梅をもいでガリリと齧ったものだ。青梅特有のツンとくる香りと酸味を思うと、今でも舌の両奥に酸っぱさが込み上げてくる。そこで、散策から戻って軽いブランチのアペリチフ(食前酒)に梅酒を頂いた。「ええー、話が出来すぎー......」と、言われそうだが、今、一本の梅酒に嵌っている。流麗な曲線を有する赤いパッケージから、首の長いワインボトルに似た深いセピア色のボトルを取り出す。透明シールのラベルに"紅菊水(梅酒)"とある。おもむろに、ぐい呑みの切子グラスへ淡い琥珀色の梅酒を注ぐ。切子もセピア色のぼかしが入ったものだ。香りは、もぎたての色づき始めた梅の実を割った時のよう。菊水酒造の節五郎元禄酒に漬けたもので、焼酎やホワイト・リカーに漬けた梅酒よりグッと柔らかくて深い。まろやかな酸味と甘味がゆっくりと広がり、軽い余韻を残して消える。こりゃあ食欲も湧く。一週間で、720mlの半分を飲んだ。そろそろ予約をしておこうと、味香り戦略研究所の小柳社長に問い合わせれば、完売とのこと。そりゃあ、そうだろうね......。


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ラベル:

『舟』菊水句会

2009年4月21日火曜日 19:01

 三日間続いた大阪ロケの翌日18日は、新潟県新発田の菊水酒造・菊水日本酒文化研究所にての俳句吟行「第一回・『舟』菊水句会」へ向け、上越新幹線・MAXとき号の車中にいた。車窓には、菜の花のまばゆい黄色と緑が用水に沿って見える。そこで、「菜の花や日向の色の流れたる」と、句会へ向けての軽いウォーミングアップに一句。やがて、新発田駅で句会のメンバーや地元参加者と合流。タクシーに分乗し、春うららの田園風景を抜けて菊水日本酒文化研究所へ到着した。


研究所の木立越しに見える飯豊連峰の雪渓は思いのほか少なく、周辺の桜も大部分散っていた。それでも春萌えの中、句会参加メンバーは酒蔵見学と秘蔵の古酒にほろ酔うての句作を楽しめた。


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ところで、『忠臣蔵』に登場し、高田馬場を仇討ちで突っ走った堀部安兵衛は新発田の生まれらしい。伊勢幸祐くんが「風光り安兵衛奔らす越の酒」と、なかなか面白い挨拶句を詠んだ。切れ味の良い越後の酒と、瓢箪徳利も提げていただろう安兵衛のスピード感が表現されている。


しかし、句会の圧巻は菊水日本酒文化研究所プロデュースの花見料理だ。江戸期の『料理早工風』よりレシピを辿って再現した提重詰(さげじゅうづめ:四段重ね重箱に詰めた行楽弁当)には、参加者全員が感嘆の声を上げた。お菓子用の重箱には、万葉人も食したという〝椿餅″まである。使用させてもらった酒器も、やはり骨董の珍品を再現するこだわりよう......。


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赤い毛氈の上、蔵人と共々に時の流れを超えた宴は、風流この上ないものだった。


ラベル:

アート・ギャラリー213

2009年4月17日金曜日 13:48

 今週の週明けは、白金台の「アート・ギャラリー213」で開催されていた小平尚典カメラマンの写真と安西水丸さんのイラストによるコラボ展へお邪魔しました。ご両人が十数年の間にアメリカ各地を取材した記念の作品です。それにしても小平カメラマンのフットワークの軽さは、出版したばかりの我が『東京立ち飲み案内』でも証明済み。かつての週刊誌『フォーカス』時代からの活躍ぶりを思えば、驚異的です。今なお、日本のパパラッチの第1号はデジタルカメラの速写に拍車がかかっております。因みに、ギャラーリーは百年以上続く墨汁製造販売の老舗「開明・株式会社」の若きご令嬢・田中葉奈さんが運営しております。聡明な若き書道家でもあり、最近、僕の主宰する俳句会『舟』のメンバーにも名を連ねました。また、開明毛筆の滑りがすこぶる良く、常時愛用させてもらっています。


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 翌朝からは、『吉田類の酒場放浪記』(BS-TBS)の大阪ロケ。そのDVDの販売が吉本R&Cということもあって、新しく出来た「京橋花月」劇場へ立ち寄った。傍にある駐車場でロケ車を降りて大阪への第一歩を踏み出した途端。「吉本の芸人さんでっしゃろ」と、駐車場のオジサンに声をかけられた。しかたなく「何でやねん」と、手の甲でオジサンの胸をポン。自然に突っ込んでしまった自分が怖い・・。修理の終わった金ピカの大阪城ビルに象徴される大阪庶民酒場のコテコテのパワーは不景気風を何するものぞとばかりに健在だった。結局、「何でやねん」連発となった大阪編・酒場放浪記は、5月の放送分(毎週月曜日、夜9時~)でお楽しみください。


酒場放浪記

2009年4月14日火曜日 18:49

 先日、多摩川の河川敷に残る茶店「たぬきや」へお邪魔した。新宿からだと京王相模原線・稲田堤駅の手前に位置する。茶店の表にあるオープン・スペースの縁台から、中州の菜の花がそよぐのを眺めて飲むビールは格別。茶店の女将の話によれば、カラシ菜の方が多いそうな......。いずれにしても菜の花で一句を詠むほかない光景だった。しかし、こののどかな風景は、あまりにも当たり前すぎる。しばし悩んだところで、高校生の初々しいカップルが、脇の土手に遊ぶのを見つけた。小柄な少女が、長身の少年の身体を両腕に捕えている図だ。そこで、「菜の花や ガールボーイを 抱き締めり」とした。少年と少女をテーマの名詩、名句は沢山あるものの、その二語を五・七・五の語調へ収めるのが難しい。そこで、〝ガールの(が)ボーイを″とし、格助詞の「の」を省略して俳句に整えた。まあ、平凡ながらも一句をモノにしたところへ、俳句仲間の伊勢幸祐くんが来た。折しも、中州の菜の花のは夕日に照らされ、東の空の満月を幸祐くんが発見。まさしく、与謝蕪村の句「菜の花や月は東に日は西に」そのものだった。


 ところで、4月20日にはBS-TBSの番組『吉田類の酒場放浪記』(TBSサービス)の単行本が発売の運びとなった。最初の収録店、吉祥寺の「いせや総本店」(旧店舗)から、順に30店舗(閉店を除く)分をまとめたものだ。つまり、シリーズ第一弾となるだろう。初期俳句の30句は一部をオリジナルの句に校正することができた。一筆書きのカット・イラスト30点も添えている。書店の店頭では、顔写真の目立ちそうなカバーに仕上っているので、少々おもはゆい心持だ。


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恐るべき女流俳人たち

2009年4月6日月曜日 19:57

 4月18日の新潟での〝吟行″(俳句会)が近づいてきた。14時から17時までの開催の予定で、会場が新潟県新発田市の菊水酒造の日本酒文化研究所とくれば、俳句のテーマは花見と酒の取り合わせとなるでしょう。菊水酒造のご配慮で、昔の料理・お菓子の再現や、日本酒文化研究所所有の酒器などを使い、句会がいつになく華やかになりそうです。少々、決まりすぎかもしれません。


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このところ、『舟』の俳句会でも女性メンバーの才能が目立っており、『女性俳句の世界』(上野さち子著)などを読み返したりして、興味津々でいる。そこで、句会の通信欄に「恐るべき女流俳人たち」と題して、次のようなコメントを記した。

女流プロ俳人の第一号は、斯波園女(しばそのめ:寛文四年~享保十一年)という。「白菊の眼に立て見る塵もなし」と、芭蕉が称えたほどの女性(人妻)だった。その後、与謝蕪村とほぼ同世代の女流俳人で、榎本星布(えのもとせいふ)が登場する。その星布に、西行の時世の歌をベースとした「散花の下にめでたき髑髏かな」(ちるはなのもとにめでたきどくろかな)の句や、「山市やあられたばしる牛の角」(やまいちやあられたばしるうしのつの)なんてのもあります。大胆かつ勇壮ですね。〝霰た走る″は万葉集の引用ですが、国学に精通した彼女ならではの句と思われる。女流俳人・星布の感性は、江戸時代、男ばかりの俳句の世界に一石を投じたのでしょう。

そして現代。「死に未来あらばこそ死ぬ百日紅(ひゃくじつこう)」(百日紅は〝さるすべり″の漢名)の一句が思い浮ぶ。この句は、NHKの俳句番組で二度ご一緒させていただいた俳人・宇多喜代子さんの作です。やはり、繊細さと仏教的な宇宙観が感じられます。明治期までは極めて小数だった女流俳人も、今や俳句の世界を女性がリードしている。先ごろ毎日新聞・土曜夕刊(2.28)に、森まゆみ(俳号:森羅)さんの記事が載っており、「四季というラブホテルあり根岸春」の句も紹介されていました。根岸には〝子規庵″だってあるぞという俳諧味もこめています。『舟』の天空句会で発表した〝処女作″の句ですから、末恐ろしい......。いや、楽しみな俳句センスです。 

 

 例の『東京・立ち飲み案内』(吉田類著・メディア総合研究所)が、今月16日ごろには書店に並びます。酒場ファンにも、飲食業と関わる人たちにも、楽しんでいただける内容だと思います。


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